2025年8月24日日曜日

シリグロナカボソタマムシ

 今年ここまでで「2番目」に良い成果を披露したいと思います。

 

私の手元に、「新しい昆虫採集案内」という3巻セットの古い本があります。1970年頃に、昆虫採集が一大ブームになったらしく、採集地の情報を載せたこれらの本が出版されました。インターネットなどがない時代、この本は多くの昆虫好きに読まれ、参考にされたことと思います。載っている地図は荒く、いささか使いにくい情報源ではありますが。

 

2巻の表紙です

もう50年、半世紀も前の情報とはいえ、今でも昆虫採集のよい場所として知られているところが数多く載っているのは驚きです。我らが伊豆半島だと、天城山が紹介されています。地域によっては、虫がよく捕れる1本の木が紹介されていて、現在でも残っているものすらあります。

 

さて、この本の2巻、「西日本」の情報のなか、護摩の段山(和歌山県)の紹介の記事に、忘れられない記述があります:

 

「シリグロナカボソタマムシという新潟県○○・山梨県○○、それとこの護摩の段山にて各1頭ずつ発見されたという大珍品・・・」

 

このシリグロナカボソタマムシは、1センチぐらいのタマムシの1種ですが、当時はとてつもない珍品として知られていて、偶然でしか採集できないものでした。

現在では生態が分かったのでそこまでではないものの、それでも屈指の珍品です。ミズナラという、ドングリがなる木の葉を成虫が食べるのですが、成虫が生息するのは木のてっぺんの方で、大木になる樹ですので網などはまず届きません。さらにミズナラはやや標高の高いところに行くと至る所に生えていて、的を絞るのが簡単ではありません。

要約すると、生息密度が非常に低く、手が届かないところにいるので、偶然下の方に降りてきた個体の他は、虫屋ですら驚くぐらいの長~い竿と網を用意して、筋肉を鍛え、一日中ミズナラを掬うとか、そんなことをしないと採れない虫なのです。

 

ミズナラの大木。これでも超巨大というレベルではないですが。網の直径が60cmです。当然葉っぱを掬うことはできません

私も、自分にはまず採集できない虫で、狙いようがないので一生お目にかかれないだろうと諦めていました。が、なななななんと、7月のある日に、偶然採れちゃいました。

伐採地にある細いミズナラの切り株を夕方になんとなしに見ていたところ、ぺたっとついていたのです。おそらく産卵していたのでしょう。手が反射的に伸びてしまって採集してしまいましたので、標本写真しかありませんが、こんなやつです。

 

シリグロナカボソタマムシ です

久しぶりに狂喜乱舞しました!

 

この木に付いていました

またこの日は、このページで紹介したミスジナガクチキも採集でき(生涯2頭目)、こんなに良い日もあるのだな、、、、と幸せいっぱいの気分でした。実験に使う予定の主目的のカミキリムシは全然だめでしたが。

ミスジナガクチキムシ です


 

2025年8月5日火曜日

ツヤハダゴマダラカミキリ

 ゴマダラカミキリは、日本のカミキリ御三家といってもよいぐらい、よく知られているカミキリムシです(あとはシロスジカミキリとキボシカミキリ)。黒でつやのある基調色に、白のスポットがちりばめられた種で、大きさも3センチぐらいあって目立ちます。市街地にも生息していることからなじみの深い種です。

 

これがゴマダラカミキリ、見たことがある方も多いでしょう

このゴマダラカミキリによく似た、外来種が日本に入ってきており、各地で増加していることが少し前に分かりました。ツヤハダゴマダラカミキリという和名が付けられていて、よく見ると別種と分かるのですが、慣れないと区別できないほど似ています。

 

こちらがツヤハダゴマダラです。そっくりです

この虫が、我らが筑波大の近くでも増えていることを知り、見に行ってきました。ツヤハダゴマダラはいくつかの種類の木を食べますが、そのひとつがアキニレです。アキニレは関東ではあまり見かけませんが、関西出身の私には絶対に知っておくべき木の種類です。河川敷などに多く生えていて、良質の樹液を出すためかクワガタムシなどがたくさん集まるからです。

 

アキニレの樹皮です

葉は小さめでこんな形、つやがあります

大学の近くに、街路樹としてアキニレが植えられている一画があります。そこだろうなと思って見に行くと、、、、

 

お椀型の穴がたくさんあります

木にこんな穴がぼこぼこと空いています。これはおそらく産卵した痕かな、という気がします。また、成虫が出た穴が所々空いていて、木の一部は枯れ始めています。相当増えているようです。

 

でも、意外に成虫はお目にかかれません。夏の筑波は夜だろうが暑くて大変ですがうろうろと探し回ります。そしてようやく見つけました。

 

交尾中でした

ちなみにここは国道のすぐ近く、交通量が多く、虫採りとは縁遠い場所に見えますが、ツヤハダゴマダラに痛めつけられたアキニレが出している樹液にカブトムシやクワガタも集まっています。すごいな、つくば。

 

ツヤハダゴマダラ探索中に見つけたノコギリクワガタ

なお、ツヤハダゴマダラカミキリは特定外来生物に指定されています。ですので捕まえたら生かしたまま持ち帰ったりはしてはいけません。ご注意ください。

 

2025年6月26日木曜日

ホヤが変態時に時間を測定する仕組みが分かった

 久しぶりに大きめの論文が発表できたので、今回はそのことを書きたいと思います。論文はオープンアクセスです。またプレスリリースもしているので、よかったら見てみてください。

https://elifesciences.org/articles/99825

https://www.tsukuba.ac.jp/journal/pdf/p20250620141500.pdf

https://www.tsukuba.ac.jp/journal/biology-environment/20250620141500.html

 

私たちはホヤの研究、特に変態に注目して研究しています。ホヤは幼生の時にはオタマジャクシの形をして活発に遊泳しますが、成体になると岩などに固着し、基本的に動かない固着生活を送るようになります。体の形も幼生とは似ても似つかぬ、というか動物なのか植物なのかも分かりづらい形になります。そのような、幼生と成体との形の変化は、変態によってもたらされます。

 

カタユウレイボヤの幼生です

こちらが成体、10匹程度が集合しています

ホヤ幼生は、体の前方にねばねばした、固着するための構造を持っていて、この器官で岩などに固着します。するとその固着が刺激となって変態が開始されます。固着器官は神経細胞を含んでいて、固着したことを脳などに伝える役割を果たしています。

 

ただし、幼生は固着して直ちに変態を開始するわけではありません。くっついてから、数10分すると変態が突然開始されます。変態が開始される前に幼生を剥がすと、時間にもよりますが、また数10分くっつかないと変態しません。これは、くっついて直ちに変態すると、固着が不安定だったときにすぐに剥がれてしまい、海流で流されていってしまう、そのようなことを防ぐために、強固に固着したことを確認するためだと予想されています。

 

このことから、どうやらホヤの幼生はくっついてからの時間経過を測定しているようだ、ということが分かります。でも、時計も持たないホヤがどうやって時間を計っているのか、それが大きな謎でした。

 

今回、その仕組みが少し分かりました。幼生が固着すると、その刺激によってcAMP (サイクリックAMP)という物質の合成が促進され、固着器官で蓄積していきます。その蓄積量がある値に達すると、幼生は変態を開始するようなのです。つまり、くっついてから変態開始までのギャップの時間の多くは、cAMPを十分量蓄積する時間と考えればうまく説明できます。

 

cAMPはエネルギー物質のATPから作られる物質で、細胞内の様々な情報伝達に使われる、生物に普遍的な物質です。そのような重要な物質なので、その合成と分解は厳密に制御されています。なので、固着から外れてしまったらcAMPの分解が進み、もう一度最初からこれを合成しないと変態できない、つまりもう一度長時間くっつく必要があります。そのように、ホヤが変態開始する際の特徴の多くを、cAMPは説明することができました。

 

cAMPは私たちにも実はなじみのある物質です。コーヒーなどに含まれるカフェインは、cAMPの分解を抑制する効果があります。カフェインによる作用には、cAMPの蓄積によるものが多くあるのです。私たちのホヤの実験でも、カフェインの類縁体を使いました。この類縁体で幼生を処理すると、くっつかなくてもcAMPが上昇していくので、変態が開始されます。

ホヤの変態の様子などは、研究室のHPにもあるので見てみてください

https://www.shimoda.tsukuba.ac.jp/~sasakura/gallery_timelapse.html

 


2025年5月28日水曜日

ゼフィルス

 ギリシア神話の西風の神のことですが、蝶のグループにこの名前を冠するものがあります。響きが大変おシャレで、名前を付けた方はセンスあるな、と思います。日本語では、「ミドリシジミ」の仲間のことを指します。日本語はちょっと地味ですね。

 

メスアカミドリシジミ。ゼフィルスは翅の裏も特徴的な模様をしています

このミドリシジミの仲間の多くでは、その名の通りオスの翅が金緑色に輝き、その美しさは熱帯のモルフォチョウにも匹敵します。ただシジミチョウなのでそれほど大きくはありません。ほかにも、赤、というかオレンジ色の翅をもつアカシジミなど、ミドリではない種もいくつかいます。

 

こちらはアカシジミ、下田産です

筑波大学の中や、この下田周辺でも何種類かはいます。ブナ林だと種数は増えます。

 

ミドリシジミの仲間に出会うには飛び回る成虫を見つけるほか、越冬する卵を見つけるのも一般的になっています。冬であまり採集するものがない中、この卵を探しておいて、春に幼虫を飼育するのです。

 

飼育はあまり得意ではないのですが、この冬はずっとやってみたいと思っていたゼフィルスの飼育にチャレンジしてみました。

 

といっても、寒い冬の森の中で1mmにも満たない卵を探すのは容易ではありません。だいたいどのような場所に産むのかは分かっているのですが、経験がないとなかなか見つかるものではありません。種によっては高いところに産むので危険な木登りなども必要だと聞きます。

 

既に絶版になっている採卵のマニュアル本を何とか入手して勉強し、何度か採集に行ってようやくコツを掴み、少しだけ採集できました。はっきりいって、事前知識がないと話になりませんが、知識があるだけでは全然だめで、経験値を積む必要があります。

卵が得られたら飼育が待っています。ゼフィルスの多くはブナの仲間の新芽や花を食しますので、飼育にはそれらを入手する必要があります。自然界ではどの樹を食べるかはほぼ決まっていますが、飼育下ではだいたいどれでも食べます。下田周辺はクヌギやコナラ、カシなんかがたくさん生えているので、それほど苦労しません。

 

見事な保護色を示す幼虫。2匹います

カミキリやクワガタと違って、チョウの幼虫は栄養価の高いものを食べるためか大変成長が早く、見る見るうちに大きくなっていきます。なので飼育するのが楽しいです。そして1か月もしないうちに成長が終わり、蛹、そして成虫になります。羽化したての成虫をみると、それまでの苦労が報われる思いです。

 

羽化したばかりのオオミドリシジミのオス

オオミドリシジミ 学名がFavonius orientalisで、Favoniusはローマ神話でゼフィルスに相当する神の名だそうです。

キリシマミドリのメスです


キリシマミドリシジミ。日本産ミドリシジミの中で一番の輝きをもつ種で、似た色彩の種はいません。表だけでなく裏も銀色で派手です。おまけに木の低い位置に卵を生むという優しさまで備えています。やや南方系ですが、伊豆には結構います。

メスの翅の表側

キリシマはメスもブルーのラインがはっきり出て大変きれいですが、やはりキンキラキンのオスが見たいところです。が、、、、飼育した4匹すべてが雌になりました。偏りすぎではないでしょうか。