2025年6月26日木曜日

ホヤが変態時に時間を測定する仕組みが分かった

 久しぶりに大きめの論文が発表できたので、今回はそのことを書きたいと思います。論文はオープンアクセスです。またプレスリリースもしているので、よかったら見てみてください。

https://elifesciences.org/articles/99825

https://www.tsukuba.ac.jp/journal/pdf/p20250620141500.pdf

https://www.tsukuba.ac.jp/journal/biology-environment/20250620141500.html

 

私たちはホヤの研究、特に変態に注目して研究しています。ホヤは幼生の時にはオタマジャクシの形をして活発に遊泳しますが、成体になると岩などに固着し、基本的に動かない固着生活を送るようになります。体の形も幼生とは似ても似つかぬ、というか動物なのか植物なのかも分かりづらい形になります。そのような、幼生と成体との形の変化は、変態によってもたらされます。

 

カタユウレイボヤの幼生です

こちらが成体、10匹程度が集合しています

ホヤ幼生は、体の前方にねばねばした、固着するための構造を持っていて、この器官で岩などに固着します。するとその固着が刺激となって変態が開始されます。固着器官は神経細胞を含んでいて、固着したことを脳などに伝える役割を果たしています。

 

ただし、幼生は固着して直ちに変態を開始するわけではありません。くっついてから、数10分すると変態が突然開始されます。変態が開始される前に幼生を剥がすと、時間にもよりますが、また数10分くっつかないと変態しません。これは、くっついて直ちに変態すると、固着が不安定だったときにすぐに剥がれてしまい、海流で流されていってしまう、そのようなことを防ぐために、強固に固着したことを確認するためだと予想されています。

 

このことから、どうやらホヤの幼生はくっついてからの時間経過を測定しているようだ、ということが分かります。でも、時計も持たないホヤがどうやって時間を計っているのか、それが大きな謎でした。

 

今回、その仕組みが少し分かりました。幼生が固着すると、その刺激によってcAMP (サイクリックAMP)という物質の合成が促進され、固着器官で蓄積していきます。その蓄積量がある値に達すると、幼生は変態を開始するようなのです。つまり、くっついてから変態開始までのギャップの時間の多くは、cAMPを十分量蓄積する時間と考えればうまく説明できます。

 

cAMPはエネルギー物質のATPから作られる物質で、細胞内の様々な情報伝達に使われる、生物に普遍的な物質です。そのような重要な物質なので、その合成と分解は厳密に制御されています。なので、固着から外れてしまったらcAMPの分解が進み、もう一度最初からこれを合成しないと変態できない、つまりもう一度長時間くっつく必要があります。そのように、ホヤが変態開始する際の特徴の多くを、cAMPは説明することができました。

 

cAMPは私たちにも実はなじみのある物質です。コーヒーなどに含まれるカフェインは、cAMPの分解を抑制する効果があります。カフェインによる作用には、cAMPの蓄積によるものが多くあるのです。私たちのホヤの実験でも、カフェインの類縁体を使いました。この類縁体で幼生を処理すると、くっつかなくてもcAMPが上昇していくので、変態が開始されます。

ホヤの変態の様子などは、研究室のHPにもあるので見てみてください

https://www.shimoda.tsukuba.ac.jp/~sasakura/gallery_timelapse.html

 


2025年5月28日水曜日

ゼフィルス

 ギリシア神話の西風の神のことですが、蝶のグループにこの名前を冠するものがあります。響きが大変おシャレで、名前を付けた方はセンスあるな、と思います。日本語では、「ミドリシジミ」の仲間のことを指します。日本語はちょっと地味ですね。

 

メスアカミドリシジミ。ゼフィルスは翅の裏も特徴的な模様をしています

このミドリシジミの仲間の多くでは、その名の通りオスの翅が金緑色に輝き、その美しさは熱帯のモルフォチョウにも匹敵します。ただシジミチョウなのでそれほど大きくはありません。ほかにも、赤、というかオレンジ色の翅をもつアカシジミなど、ミドリではない種もいくつかいます。

 

こちらはアカシジミ、下田産です

筑波大学の中や、この下田周辺でも何種類かはいます。ブナ林だと種数は増えます。

 

ミドリシジミの仲間に出会うには飛び回る成虫を見つけるほか、越冬する卵を見つけるのも一般的になっています。冬であまり採集するものがない中、この卵を探しておいて、春に幼虫を飼育するのです。

 

飼育はあまり得意ではないのですが、この冬はずっとやってみたいと思っていたゼフィルスの飼育にチャレンジしてみました。

 

といっても、寒い冬の森の中で1mmにも満たない卵を探すのは容易ではありません。だいたいどのような場所に産むのかは分かっているのですが、経験がないとなかなか見つかるものではありません。種によっては高いところに産むので危険な木登りなども必要だと聞きます。

 

既に絶版になっている採卵のマニュアル本を何とか入手して勉強し、何度か採集に行ってようやくコツを掴み、少しだけ採集できました。はっきりいって、事前知識がないと話になりませんが、知識があるだけでは全然だめで、経験値を積む必要があります。

卵が得られたら飼育が待っています。ゼフィルスの多くはブナの仲間の新芽や花を食しますので、飼育にはそれらを入手する必要があります。自然界ではどの樹を食べるかはほぼ決まっていますが、飼育下ではだいたいどれでも食べます。下田周辺はクヌギやコナラ、カシなんかがたくさん生えているので、それほど苦労しません。

 

見事な保護色を示す幼虫。2匹います

カミキリやクワガタと違って、チョウの幼虫は栄養価の高いものを食べるためか大変成長が早く、見る見るうちに大きくなっていきます。なので飼育するのが楽しいです。そして1か月もしないうちに成長が終わり、蛹、そして成虫になります。羽化したての成虫をみると、それまでの苦労が報われる思いです。

 

羽化したばかりのオオミドリシジミのオス

オオミドリシジミ 学名がFavonius orientalisで、Favoniusはローマ神話でゼフィルスに相当する神の名だそうです。

キリシマミドリのメスです


キリシマミドリシジミ。日本産ミドリシジミの中で一番の輝きをもつ種で、似た色彩の種はいません。表だけでなく裏も銀色で派手です。おまけに木の低い位置に卵を生むという優しさまで備えています。やや南方系ですが、伊豆には結構います。

メスの翅の表側

キリシマはメスもブルーのラインがはっきり出て大変きれいですが、やはりキンキラキンのオスが見たいところです。が、、、、飼育した4匹すべてが雌になりました。偏りすぎではないでしょうか。

2025年4月29日火曜日

ウスバシロチョウ

前回、チョウを紹介しましたが。今回もチョウのことを紹介したいと思います。

 

モンシロチョウは小学校の教材にも取り上げられたことがあるほど、我々にとってなじみの深いチョウです。今でも取り上げられているのでしょうか?春になるとどこからともなく成虫が飛ぶようになり、食草もキャベツとか、我々も食べる野菜を食べて育つこともよく知られています。

 

スジグロシロチョウという、モンシロチョウにそっくりなチョウもいます。翅脈が黒っぽいのでそのような名前がついています。そっくりなだけあって、モンシロチョウに大変近縁です。飛んでいるときはなお区別しづらいです。なお、スジグロシロチョウはさらに3種類に分類されているようです。

 

スジグロシロチョウです

他にも、モンシロチョウにそっくりなチョウはいます。それがこちらです。

 

黄色の毛がおしゃれです

これは、ウスバシロチョウというチョウです。少し標高の高めの高原などではごく普通にいるチョウです。

 


並べてみると、スジグロシロチョウとウスバシロチョウはよく似ています。が、実は両者はかなり遠いグループです。というか、ウスバシロチョウは「シロチョウ」とよばれているものの、実際にはシロチョウの仲間ではなくて、アゲハチョウの仲間なのです。アゲハチョウといえば黄色と黒で大型のチョウですが、ウスバシロチョウとは形や色合い、翅の質感がかなり異なるので、なかなか信じがたい話ではあります。

 

ウスバシロチョウ(分類群を反映して、ウスバアゲハ、ともよばれます)の仲間は日本には3種類だけですが、世界では北の方に多くの種類が分布しています。また、日本のウスバシロチョウと異なって、赤や青の水玉模様が翅に現れてなかなか派手な仲間です。学名からとって、パルナシウス、ともよばれています。なんかおしゃれな響きがあります。

 

モンゴルだったかな、違うかもしれませんが、そちら方面のウスバシロチョウの仲間です


2025年3月28日金曜日

チョウ・蝶

 今年の冬は去年のものと異なり寒さが厳しかったですが、ようやく春の暖かさを感じる、、、、というにはいささか暑すぎるような、、、季節になりました。ちょうどこの時期にふさわしい話題でも挙げましょう

 

チョウ(蝶)は大型で綺麗な種が多いこと、ひらひらと可憐に舞うこと、我々の生活圏内でもよく見られること、主に昼間に観察されることなどから、大変馴染のある昆虫のグループで、昆虫に興味を示す方の多くはまずチョウに興味を持ち、その後他のグループへの興味へと移っていくことが多いようです。それぐらい、チョウは人間と関連が深いグループになっています。

 

かくいう私も、まずはチョウに興味を持ち、その後クワガタムシ、カミキリムシへと移ろっていきました。そのため今でもチョウには多大なる興味を持っていて、綺麗な種が飛んでいると他の虫を狙っていても思わず手が止まり、チョウの方を追ってしまいます。チョウと甲虫は採集中に見るべきポイントが異なるため、チョウに気を取られるとカミキリムシが採れなくなるのですが。

 

せっかくなので、散策中にみかけたり、サンプルとして持っている綺麗なチョウの写真を挙げておきましょう。

 

ギフチョウ。春だけに出現するので、春の女神、ともよばれています


オオムラサキ、日本の国蝶ですね。こちらは中国産らしいです

アサギマダラ。渡りをする蝶として有名で、大変綺麗です

クジャクチョウ。その名の通り綺麗な蝶の代表格で、学名もInachis io geishaで、ioはギリシア神話に出てくる女性の名前から、亜種名のゲイシャは日本のゲイシャですね。名前まで綺麗の塊です

ミヤマカラスアゲハ。カラスと付いていますが黒では無く緑に光る、これまた美しい大型のアゲハの仲間です。

美しい蝶の代表、モルフォチョウ。こちらはその中でも私が一番好きなキプリスモルフォです。

こちらも世界を代表する美しい蝶、南米のアグリアス。日本ではミイロタテハと呼ばれています。胴体が太くて、非常に早く飛ぶそうです。


さて、チョウは綺麗で昼間に活動し、目立つなどいいところばかりの虫なのですが、収集するとなると大きな欠点があります。さて、チョウは綺麗で昼間に活動し、目立つなどいいところばかり目立つ虫なのですが、収集するとなると大きな欠点があります。一匹が大きくとにかく面積を取るので、収納スペースが莫大に必要になるのです。チョウを専門に収集しようと思ったら、専用の部屋とかが必要になるでしょう。その点、甲虫は大きくてもそれほど面積を取らないし、体は硬くて丈夫なので、コンパクトに収納できます。

 

なお、チョウとよく似た昆虫としてガがあります。実はチョウは生物学的には「ガ」の一グループに過ぎません。ガはチョウの親戚、というわけでもなく、ガという大きなグループのなかにチョウのグループが入っています。ですので、「チョウはガ」なのです。


アゲハモドキ。一見アゲハチョウの仲間に見えますが、蝶ではありません。